電車の中で
眠りこけていた学生の手元から
プリントがすべり落ちた
「落ちましたよ」と
拾ったら
「赤い繭」だった。
昨日もそうだった。
持てるだけの荷物を手にして
帰る場所を探して歩いている人に会った。
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日が暮れかかる。
人はねぐらに急ぐ時だが、おれには帰る家がない。
おれは家と家との間の狭い割れ目をゆっくり歩きつづける。
街じゅうこんなにたくさんの家が並んでいるのに、
おれの家が一軒もないのはなぜだろう?
…と、何万遍かの疑問を、また繰り返しながら。
安部公房「赤い眉」